何となく昔語り。

 もそもそ文を書いていて気が付いたんだが、僕は生まれてこのかた努力とかそーゆうものをした覚えがないし、悔しいとかそう言う挫折っぽい思いを味わったこともない。要するに真摯に何かに励んだことやらでっかく失敗したことがないのだ。
 「努力」ってのは辞書で引くと「心をこめて事にあたること。骨を折って事の実行につとめること。つとめはげむこと。(三省堂大辞林)」ってなってるけど、やっぱり何かしら目標があったり思うところがあったりして、ついでに理想と現実の間に乗り越えるのに苦労するよ〜な段差がないとそもそも「努力」のしようがないと思うのだ。
 僕は趣味のためなら割と人生掛けて仕舞うような人間だけど、好きなことをするためには徹夜したり腕潰したり(笑)しながらいろいろやってても好きなことって別に骨を折ってるとか一生懸命やってるという自覚はない。
 別にちやほやされて育った訳じゃないけれど、身動きがとれなくなるような試練に出会ったことはないし必死になって何かをやり遂げようとしたこともない。
 僕の基本は妥協と打算だ。
 ぼんやりのんびり(決して装ってるわけじゃなくて)やりたいがために、いちばん頑張らないで出来そうなものを探す、そんな嗅覚に優れているのである。
 うむ、まったく自慢にもなりやしない。
 折角だから適当に振り返ってみると、家庭環境のおかげで小学校入る前までに小学校レベルの漢字が読めるように「させられた」*1おかげで国語の授業は聞いてなくてもできたし、仮名の練習とか漢字の練習とかは面倒で嫌だったけど今みたいに腕がイカレてるわけじゃないから物理的に痛いとかそう言うことじゃなかったし。
 他の教科だって基本は読み書き次に記憶力な訳で、適当に教科書読んでれば良かった。
 面倒な音読の宿題は親に頼んで丸だけつけてもらい(よーするにわざわざ親に聞いて貰わなくてもすらすら読めるという程度の信用度はあったわけだ)、そのほかは忘れないようにだけやってれば問題なかったから、まじめに勉強することなんてはっきり言ってなかった。
 5年生の算数で時間と距離と速さの関係で躓いたけど、そんなのを悔しいとも何とも思わなかったのでとりあえず放っておいた。
 そう言えば目が悪くなりだしたのはこのころ。ばあちゃん*2が「近視なんて一時的なモンだからほっときゃなおる!」とかなんとかのたまわったお陰で、そっから四年くらいは黒板見えなくて困ったなぁ。
 そういやあの頃は授業中は読書か居眠りタイムでしょっちゅう担任に叱られてたっけ。担任嫌いだったし。まあ、そんなに成績が悪いわけではなかったから注意される程度でしたが。
 んでもって中学。
 一年の時に理科と技術の授業を担当してくれた増爺のおかげで理科は楽しかった記憶が。いまだにそのころ貰ったプリントの束、置いてたりするもんな。別に一生懸命したわけじゃないけど。
 数学で虚数の概念が出てきた辺りからと、二年の時にやった(はず)の証明で見事にすっころんで*3、以来数学嫌いに。
 あの教師のせいで計算関係全部理解できなくなったもんなぁ(目が悪くなったせいじゃないのか?)。
 で、今でも良く判ってないんですが、証明とか虚数とか複素数平面とかその他小難しい数学の勉強って何のためにあるんでしょうか。誰か猿でも分かる……どころかミジンコでも判るくらいかみ砕いて教えてください……。
 多分聞いても理解できないんでしょーけど(それってミジンコ以下ってことじゃないのか)。
 あと英語もいまいち良く判らなかったなぁ。文法とか凄い苦手。小学生の童話レベルくらいなら「何となく意味が分かる」くらいの精度で読めるけど、それ以上にはどう頑張っても無理。単語とか熟語の意味覚えられないし、文法とかさっぱり。
 っつーか英語勉強する意味が解らん。
 それよか日本語もっと勉強しろよ、日本語。
 んで、それはさておき高校は部活で選び(笑)、受験の前夜遅くまで同人便箋の原稿描いて(うっわあ……)、英語は勘で押し通し数学は10分くらいやって残りは寝倒したけどとりあえず合格(笑)。
 パソコン研究部に入部してみたり、図書室が気に入ったと言っては入り浸ったり、挙げ句の果てには図書委員長(しかも生徒会長と副会長が死ぬほど嫌いだったから生徒会室には数えるほどしか顔を出さなかった……)までやってみたり、英語と古典が嫌だからといって判らないのに数ⅡB取ってみたり、大学行ったらレポートをかかないといけないことを知って公僕を目指してみたり(ついでに家から出たかった。あと自分で使えるお金が欲しかった)、まあいろいろしながら今の僕が出来上がっているわけですが……
 一言で言うと、「うわ、努力とか欠片もみえねえ……」というかんじであります。
 僕が傍目には割とノンビリしてたくせに上手いこと就職しちゃったんで、親が弟まで公僕にしようとし出したときには流石に悪いことしちゃったかなと思いましたけど。
 ま、僕が苦労する訳じゃないんで別にどうでも良いんですが(冷たいなぁ……)、こうしてみてみると本当に挫折してない。
 いいとこ目指して浪人するわけでもなく、id:rapidwing氏のよ〜に就職に苦労するわけでもなく、なんか恵まれてるなーと思う。
 まあ、努力とか挫折とかそういうのって個人個人の認識によるものが大きいから、僕がノンビリしてるだけで見る人が見ればいろいろ情けない事態に陥ってるのかもしれない。
 ま、闇影は反省はしても後悔はしない主義なんで問題ナッシングですが。
 人間は過去に戻るどころか同じところに踏みとどまることすらできないものなんだから、後悔してうじうじしてるのは時間の無駄ってもんです。
 本人が満足してりゃ人生なんてそれで良いんだよ。
 去年一時的に流行った(今もなのか?)人生勝ち負け思考だって、所詮は他人の戯言。
 相対評価でしか自分に満足できないのは、ある意味究極の負け組だと思うんだけど、どうか。
 結局は幸も不幸も本人だけのものであって、他人がどれだけけなそうが同情しようが変わることなんかないんだから、わいわい騒ぐよりは自分の人生に自信持とうよっつう話。
 自信さえ持ってしまえば他人がど〜言おうが人生勝ったも同然なんですよ。
 あ、もちろん単なる自信過剰は馬鹿ですけど。

*1:なんせ書道家の家だからなぁ……正座させられて漢字カード延々と読まされるのは結構辛かったなぁ。罰ゲームじゃないんだから足崩させてくれよ〜つってもうっとこの座るときの基本姿勢は畳敷きなので正座ですが。

*2:我が家の裏ボス

*3:つうかこのころ視力が0.4くらいで黒板が全然見えなかったから、教師の手の動きとかで板書き読んでた。しかも、数学教師がダメダメでもう最悪。なんせ生徒にやらせた練習問題の解答間違ってるのに答え合わせもそこそこに丸つけちゃうんだもんなぁ……無意味に金八先生にあこがれてやがったし。